このページの更新は学内でしかできない。
当然に職場では、それほど暇ではないから滞ることになる。そこで流行のブログを使うことにした。
新しい話題はここで、そのまとめをHPと分担させる。
不特定多数を意識することでカツも入れたい。
ということで、こちら、よろしく。
http://blogs.yahoo.co.jp/horio51/MYBLOG/yblog.html
ためしに同様の文章を入れてみる。
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福山HOPES展
テニスの後、着替えて中筋駅に向かう。ちょうど目の前に福山行きの高速バス。すばやく運転を嫁ハンと交代して滑り込みセーフ。
選抜展だけあって見ごたえがある。福山女子は大作志向へと変化してきている。尾道は意外に現代的で密度が高い、などと比較してみていく。我が方に必要なものは若さだな、元気を出さねば。
東京や京都で見たものと全く遜色は無い。ただ違うところは観客の少なさだ。このHOPES展はそれでも観客が多いと言われているが、やっぱり寂しい。
| 医療デザインからメディアアート、日本画まで幅広い作品の展示には苦労の後がうかがえるが 置き場所に困ったような裸婦彫像。 現代社会での存在と同様に。 国内でどれだけの数の裸婦彫像が在るのか?そして今でも新たに建てられているのだろうか? 裸夫像はどれほど?これは女性蔑視になるのか?そもそもどのような理由で裸婦彫像が屋外に建てられたのか? ここで京都の場末のパチンコ店の外装に使われていたアングルの「泉」を見てみたい。 あまり品の良い絵画とは言えないが、泰西名画というお墨付きで教科書に載せても咎められないものだから、薄くベールをかけてはいるものの白昼堂々都大路に少女が裸身をさらしている。 この店はアングルをよく理解していると思う。ボッシュの祭壇画から抜け出たような建築があったりとパチンコ店と美術は相性がいいようだ。 裸婦彫像もモノによっては同様のメッセージを発している。品格を具体的に語るのはとても難しいのだが・・・。 |
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墓参りに行く女房を駅へ送っての帰りに大学に寄り、掃除の続き。
10時過ぎ女房からのメールで富士山が見事に見えているという。
早い。飛行機といい勝負。この前は俺が空の上から見た。
しかし新幹線から富士を見たことは無い。
なんでこんなことにこだわるのだろう?
帰りはひたすらペダルを漕ぎ、雑念を払おうとする。
休日なのに採石場や金属工場はせわしく動き続けている。働くことが宗教になっている。安息日という概念は日本に育たない。
何もしないのだからなあ。遊ぶのでもない、何もしない。
これはかなり苦痛ですぞ。
考えることしかできない。
そこでユダヤから偉大な思想家が輩出したのか(な?)
つまらぬことを考える輩も少なくなかっただろう。
やたらと多くの小説家が同じくユダヤ人から生まれている。
屈折していて助平で自虐的で音楽に詳しい。
他人事とは思えないな。
民族浄化なんかが起こったら俺も真っ先に抹殺されるのだろう。
びっしりと汗をかいて車に戻る。シャワーを浴びたっぷりとビールを飲んで
本日はこれで完。
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年度末だ。
美術科内大掃除の毎日、それも花粉症が強くなってから。
5年以上、一度も手を触れなかったものが多く、そこにはしっかりと埃が積もっている。
淀んだ水は腐る。モノも腐る。ひたすら捨てまくる。
自分のものでなければ大胆に捨てられるものだ。
埃か花粉か、その両方で鼻も眼もグジャグジャ。
しかし、かなりすっきりしてきた。いいものだ、模様替えは。
懐かしいものが出てきて「これから」へと導いてくれるヒントとなってくれる。
忘れていた「しなくてはならないこと」たくさん、たくさんあるぞ。
俺の人生でどれだけやれるだろうか。
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今、広島県立美術館で開かれている「八木一夫展」を再訪する。
陶芸の形をとっているが完全に概念芸術。禅問答を形にしたものか、素晴らしい。
入場者は少ないが近年これほど濃縮された展覧会はない。
八木一夫、おれが芸大にいるときの教授だったがこれほどの人物とは知らなかった。不覚にも。
でも、この人の息子とは一緒に展覧会をすることがあって(年下だったけど)、今回すごく顔がそっくりなのを知って驚かされた。
でも、その青年は若くして心臓麻痺で急死している。八木一夫が亡くなったのとほとんど同時期だ。
その後、ボビー・ダーリンの伝記映画へ。ケビン・スペイシーやりたい放題、謳いまくり、踊りまくり。
先週はアレキサンダーを見たし、その前はレイ。最近かなりのペースで映画館に
20日まで学生たちが袋町の市民交流プラザでグループ展を開いている。
洋画の卒業生がキルティングやオブジェなど気軽に作っていて、なかなかいい展開をしていた。
13年間続けたカルチャーセンターの絵画教室を閉じることにした。
いろいろな事情から潮時だなと考えた。
受講生の人たちとイタリアン・ビュッフェで「さよならパーティ」
美術を愛する人たちと大人の会話が楽しめるこの空間に、職場以上の愛着を感じていたが、残念なことに何事にも終わりが・・・
店内も帰りのアストラム最終便車内も若い人たちがいっぱい。
みんな楽しそうだ。仕事帰りで眠りこけている中年男たちとは大違い。
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東京出張の目的は制作展の視察。いまどきはどんな展示をしてるのか見に行った。
主要美術5大学の選抜展が上野公園の都美術館で開かれていたが、そこは絵画と彫刻だけであり、こちらの狙いはデザイン系なのでパス。
六本木、青山、原宿と会場をまわる。ファッションと流行の街で、業界人と若者に向けてデザイン作品を発表している訳だ。いずれも広くない会場で会期も3日間と短い。展示もブース形式で、アイデアやコンセプトが図解されたパネルを前に、学生が作品を解説するというプレゼン形式が中心となっている。これは学生にとっても貴重な体験になるだろう。近隣で開かれていた美術系専門学校や宝石デザイン学校の作品展でも同様の形式が見られた。しかし展示としては迫力を欠く。
美術館のように大きな空間でドカーンと非日常的なサイズで見せたい。そんな風に考えるのはデザイン系の人にとっては不可解なのだろうなあ。アートとデザインの距離って意外に遠い。
写真美術館では文化庁主催の「メディア芸術祭」ではアニメ、CG,マンガなどが「美術作品」として展示されていて多くの観客を集めていた。
高級ブランドのバッグなどはアートとして展示される。デパートのウィンドウみたいに展示できるのが理想なんだろう。フィレンツェでも京都でも老舗はカッコいいディスプレイで見せている。
後日に訪れた京都造形芸術大学の卒業制作展では情報デザイン学科の作品でも、デザインというよりも現代美術として展示されていて、志向や地域による発表方法の差を感じさせられた。この京都市立美術館では学生時代に6回展示させてもらった。懐かしい空間で今も若者が展示を続けている。
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秋葉原が「おたく」の街になっているらしい。
都内を歩きくたびれてホテルで一眠りした後、訪ねてみた。
路地に密集したジャンク店や外国人相手の電気製品店など昔ながらの中に、コミックやフィギュアの店舗が幾つかはあったけど、印象としては圧倒的に電気街だった。
ホテルに戻ってテレビをつけると日曜美術館で「おたく展」が取り上げられている。
これは明後日に行く予定なので、そうすると実物、展示情報、展示という順序で見られるわけだ。それならば、ということで、さらにネタを仕込むべく翌日は(もちろん仕事の後で)オタク第2の拠点といわれる中野へ向かう。
このアーケードの奥に「中野ブロードウェイ」という雑居ビルがあるが、ここがなんとパリのパサージュそっくり。(このパサージュについてはこの欄の「ずっとまえ の むかし2」に書いている。4年以上昔になるのだなあ)
「中野ブロードウェイ」は4階建てになっていて1階はごく普通の商店だが2階から上になると怪しげな店が増えてくる。
「おたく展」での主役であるレンタルケースなど実に多様なフィギュアが並ぶ。ガンダムが大半を占めているが中には「古い日本の情景」というような渋いものやクラシカルな複葉飛行機も。プラモデルとフィギュアの違いは何処にあるのかな?
上階になるにしたがって怪しさは濃くなり、人通りも少なくなる。この手の店は写真撮影を禁じているので隠し撮り。ヤバーーイ感じがさらに増幅する。
翌日に訪れた写真美術館での「おたく展」ではこの暗さ、ヤバさが消失していて、無機的な管理社会での萎縮した自己表出という印象を抱いたが、実際には現代都市の伏流として流れ続けているコントロールし難い「しぶとさ」が存在していた。
こうして2日間、オタクの世界を見ていると、これまでの嫌悪感が減少して許容するようになってきている。
美術界がころっと変化するのも時間の問題かもしれないぞ。
帰り道、ネオンに引かれて立ち寄った新宿歌舞伎町、ここはホンマやばい。客引きの
壁を突破するのが怖くて早々に逃げ帰る。いい子は早く帰りましょう。
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「オペラ座の怪人」、「レイ」と音楽映画を続けてみて再び音に耳を傾けるようになりつつある。
ライブで交響曲を聴いてもこんな感慨はない。映画館の劇的なサウンドに較べると遠くで鳴っているラジオみたいで現実感がない。奇妙なことだが、本物、リアルという意味が変わってきた。
絵画も映画的に見せられるなら、もっと強烈な印象を与えられるかもしれない。
それはそうと映画館に中高年の姿が増えてきたが、マナーの悪い人が多くて閉口させられる。居間でテレビを見てるかのように振舞う。こういう場面が増えてきそうで嫌な予感がするな。
ギラッと 寒々
明日から東京へ。何を着ていったらいいのかわからない天気が続く。
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春めいたある日、自転車通勤路の川岸で立ち止まって風景を眺めた。
昨年の激しい台風で痛めつけられた木々。
昨年は伸びやかな枝振りが心を和ませてくれたのだが・・・・
これからの厳しい時代を感じさせられる。
しかし、足元の緑が力強く成長していることに注目して、この風景にポジティブな感慨を抱く人もいる。
世の中いろいろ。
美術の周辺で不景気なことが続いている。
就職や資格が問われるが、本来の美術は実利を追うものではない。
かといって美を追求するものでもない。
よいものを作ろうとして、その結果、美しいものが生まれた。
無用の用といわれる。よい言葉だ。
荘子を読み返したくなった。
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久々に太田川沿いのサイクリング道を紙屋町まで走った。
北風が強かったけれど日差しは鋭く春めいて寒さを感じない。
「こうでなくっちゃ広島は」というご機嫌な気分。永い間これを忘れていたなあ。
密室に閉じこもり、どっぷりと灰色世界に浸かっておりました。
工兵橋の中州は相変わらず鳥の糞で真っ白で化石のよう。
これって全国的にも珍しい光景なのじゃないだろうか。ということでアップの画像も。
市内ではあちこちの卒業制作展を見る。領域によって閉塞感や開放感があり、「これまで」と「これから」を考えながら自分の中で「I'm
a stranger here.」という疎外感を感じていた。
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1月中旬、センター入試の頃、毎年寒くなって、病気になる人が多くなる。
僕も足元がざわざわするような感じがして、これって風邪の前兆だなとびびっていたけど、久々に自転車で通勤していたら何とかかわせたようだ。
神戸の大地震から10年経とうとしているが、まだあの日の朝の底深い恐怖が生々しく残っていて、昨夜眠りに就く前にもリアルに思い出していた。
それにしても津波の被害はものすごくて、水を見るたびに考えてしまう。
また数千光年かなたの太陽の数百倍もある「末期的な」恒星が何個か見つかったという記事。
これも頭から離れない。
宇宙には本当に果てが無いのだろうか?
手術前のオヤジもそんなことを話していた。
宇宙の無限は、むしろ虚無とでもいうべきものだから、僕は「絶対に壁はあると思うなあ」と否定したけれど。
報道写真家、ジェームズ・ナクトウェイのドキュメンタリーを見た。
飢えと死、世界の戦場を回る。「Happyという言葉を口にしたことは無い」と静かに語る。
いろんな世界を見ている人がいる。
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新年おめでとうございます。
ともかく、地球は存在している。
オヤジの入院のために年末から始業まで京都に長逗留していたが、おかげで普段は一同に会することの無い兄弟の家族が揃って、予期せぬにぎやかな新年になった。
母親もそれではと正月料理を作ってくれたが、久々に見ると実に地味なものだ。
味は良し悪しを超えている。こうでなくっちゃという舌触りだ。
ものすごく寒い元旦だったから近所の東寺へ。この地下道はいつ通っても和む。子供時代に染み付いたものは良し悪しを超えている。
講堂の曼荼羅彫刻群を見た長男はイタリアを思い出したという感想。
日本の古典期はイタリアに先立つこと400年。世界最高のレベルと言えよう。
時折差し込む光が暖かい。
二日目にはPOPな稲荷へ。一日に100万人というほどの文字通り人ごみ。
奥山に向かうほどに減っては行くけれど、すごいものだ。大阪から来る人が多い。
不景気もここまで来るとお稲荷さんに頼むしかないだろう。
日本の魔術二大拠点にお参りしたおかげでオヤジの手術も大成功。