夏の講習会。
俺の担当は高校生のデッサン。この中の半数が来年入学するので、しっかり力をつけてもらわねばならない。
入学してからではガクッと集中力が落ちるので、いましかない。
といっても高い技巧を要求しているのではなく、元気のいい線が引けるような集中力、持続力を鍛えたいのだが、ちょっと最近の高校生はその元気がない。紙の表面を撫でているようなタッチで、すぐに「疲れました」なんて言う。
時代の反映なのか。
しかし絵画コースを持つM高校の生徒は、かなり馬力がある。ちょうどそのコースの作品展が市内で開かれていたので見に行く。
とてもよくやっていると思う。
一方であまりにも受験対策的で息苦しさも感じる。
こういう課題を受験生に科している大学の責任。これは大学にとっても自殺行為だ。
石膏デッサンに代表されるような課題を学ぶことのメリットと、そのために失われる可能性とのバランスが21世紀の今、成り立つとは思えないのに、営々と続いている。何故か?
多くの志願者を公正に選抜するため?かもしれない。人口が多すぎるのだ。50年前と比べても倍増している日本の人口。この爆発が成長の原動力だった。とすると・・・・
というような思考の飛躍はともかくとして、若い人たちをどうやって「鍛える」のが良いのか。
いろんな「基礎」を無理にでも詰め込み、覚えこむ時期でもあるけど、どうもその楽しさを伝えることが少な過ぎる。
数学の授業が何故あれほど無味乾燥だったのか。
たくさんの公式や練習問題をこなすために、そんな余裕が無かったのか、先生に夢がなかったのか。
入学試験で、意欲や愛が評価できるなら、それも変わるのだろうか?
制度よりも教員のキャラクターが左右する問題で、他人事でなくプレッシャーがかかる。

といったようなことを想いつつ3日間の講習会も終わり、ゆっくりTVでも見るかと寝転んだがグロいホラ―ムービーしかやってなかった。
こんなものでは涼しくならない。やはり日本の幽霊が怖い、寒い。
いつもお盆の頃は幽霊映画ばかりだった。東映系と松竹系でそれぞれが四谷怪談をやっていたり。
これが冬になると赤穂浪士。
出し物はどれも江戸の歌舞伎や戯作がオリジナルだから、当時まで生活の中に江戸時代が続いていたのだ。
子供の頃の俺は、そんなのが嫌でアメリカ映画を見たり洋楽のヒットチャートを追いかけていたのだが、ここまで日本が無くなってしまうとは。
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画面に動きを出したくて、余白に筆触(ある種のノイズ)を強調する。(YYさんの作品)
一方では規則的に植えた農作物に偶然による乱れ(ノイズ)が生じている、
自然さって何だろう?

その自然を堪能するために、恒例の太田川サイクリングへ数ヶ月ぶりに出かけた。
これほど素晴らしいところはないと賛美したいところだが、この日は少し前の大水で流された若者の捜索が大規模に行われていて、谷間は沈鬱な空気だった。
帰りは近々廃止される可部線に乗る。
ギシギシガタガタ・ゴトンゴトンシャーシャーと雑音が快い。デジカメに付属のレコーダーで録音。

翌日、自転車で市内へ。
郊外でなく市内に住んでいたら、かなり生活スタイルは変わっていたかもしれない。
「住」はもっとも困難な問題だが、「あの頃」に戻ってやり直してみたくなる。
生まれ育った場所が街中だったこともあるが、ホントに郊外はつまらない。
郊外=アメリカ、市街=ヨーロッパというぐらいだ。
あちこち回って弁当は川沿いのベンチで。
左を見ても
右を見ても楽しめる。
こんなところは郊外にはない。
田舎はそれなりにおもしろいが、何もない、不毛、それが郊外だ。

食後は大型書店でじっくり立ち読みの予定だったが、階下のバーゲンでスポーツウェアなど物色して時間を使ってしまった。
このバーゲンが子供の頃の楽しみだった。
やはり街中は良い。

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自転車での通勤途中、にわかに空が暗くなって雨が降り出した。
これもまた酔狂とかまわず走っていたが、空が重く垂れ下がりそうなので、慌ててアストラムの駅に駆け込んだ。
この日は久々に折畳み式に乗っていたのだ。
30秒足らずで畳んだところで、土砂降りの雨。
そのまま電車で不動院まで。ほぼ雨は上がって平気な顔で職場まで自転車に乗る。

多大な期待を込めて購入したプジョーだったが、やはり走行性は従来のロードタイプには遥かに及ばないので、ちょっと失望していたが、僕のように電車にそって通勤しているものにはとてもメリットがあるものだと確認できたことが、とても嬉しくて、ここに書いた。
プジョーにも、もっと乗ってやろう。
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テニスコートに散らばったボールを拾い集める時、どのような順序で回ろうかと一瞬考える。
頭に描いたルートから外れた数個で迷うのだ。
体を動かすことが目的のスポーツで、そんな効率を考えることは筋違いかもしれないが、「最小の労力で最大の効果を求める」ことは、あらゆるスポーツにおけるフォームの基本である。
それ以上に、あらゆる生産活動の原理であり、また日常的な行動の原理でもある。
どうせ同じ事をするのなら、少しでも楽な方法を考えるのが人間というものだろう。

「しかしホンマにそうか?」
本当に太古の昔から、人間は「最小の労力で最大の効果を求めて」行動していたのだろうか。
思えば、効率という原理は近代の科学的思考や産業社会から生まれたもので、「時は金なり」という能率への信仰も古代には無かったはずだ。
現代人には信じられないことだが、昔の人たちは時間が直線的に流れるのではなく円環というか循環として流れると考えていたらしい。
毎日の営みは遥に遠い先祖の時代から変わることなく、人生とは父や祖父と同じ過程を繰り返すものだと信じていた(と想像されている)。
そんな世界では「明日の暮らしを今日よりも良いものにしよう」という発想は無い。だから効率を上げて、より多く生産することなど考えもしない。それどころか改善や進歩は従来の安定を脅かすものとして排除されたのではなかろうか。新しいことが全く評価されなかったのではないか。
だからもし「球拾いをするときは雷文を描くように歩く」と定められていたら、どのように球が散っていてもそのように動くだろう。

こうして考えてみると、これは昔の話ではなく毎日の新聞に書かれているような問題ではないか。
旧態依然としたお役所仕事で物事が一向に進まないとか言うような・・・

一方で、さきほどから職人、とくに京都の友禅職人のことを思い浮かべている。
学生時代に、友人たちと手描き友禅のバイトをしていたとき、染料で濡れた布地をどのようにして移動させれば効率が良くなるか試行錯誤して、旧来の方法よりも数倍もスピードアップさせて大儲けしたことがあった。
粗雑な図柄だったから可能だったのだが、職人はこれを精緻な模様の時と同じ方法、同じ丁寧さで描く。
あれでは国際競争には勝てない。生き残れないと思うが、こういう効率の原理でやっていったら失うものも大きいことが気になる。
コストダウンにしのぎを削っているのと、昔ながらの職人暮らしと、どちらが幸せかいうまでもない。

身の回りにはまだまだ前近代的なものが残っているが、それらのなかには「伝統」として残すべきものも少なくない。
俺のテニスは、無駄な動きや無用な力みなど、効率、能率から程遠く、前近代的、スポーツの発想以前のもので、つくづく情けなくなるが、どこかに良いところもあるのだろうか。
汗だけはいっぱいかく、ものすごくたくさん。

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野山の植物は実に多種多様だ。
それらのひとつひとつには名前がつけられていて、いわゆる「名も無い雑草」というものはない。
辞典で調べると、それらしい名前が付けられているものだが、なかにはさほど吟味もされずにつけられたと思われる名前が普及していることも少なくなくって、文句をつけたくなる。
「オオイヌノフグリ」なんて酔っ払いの冗談としか思えない。こういう名称は近年、外国から渡来したものに多い。
西欧の小説を読んでいて「ニオイアラセイトウ」なんて植物が出てきたら、もう文学ではない、ぶち壊し。

常々思うことだが、名前なんてどうだっていいのじゃないか。
植物学者ではないのだから。
女性の名前でも、サヤカがヨシコだって区別がつくならそれでいい。
だったら、自分で名づけてやろうと考えた。
例えばこれなど
「コヨリザサ―紙縒り笹」はどうだろう?
これなら
「トックリアザミ」
これなどは、好き勝手に
「ハッコソウ」

安直に名前がわかったと安心するより、こちらのほうが真剣で創造的。

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よく降ります。
家庭で、さて何を食べようかと考えるときに、和食、洋食、中華と三大カテゴリーが浮かぶような国があるだろうか?
これほど多種多様な食器類を備えている所があるだろうか?
言葉の世界でも、中国語に続いて、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス、ロシアと・・・まるで雑煮だ。

その結果、我々の食事は世界で最も優れた栄養バランスであると言われている。
一方、食事と同様に多様な言語で鍛えられて、知的な分野でも高い水準を保っているかというと、
残念ながらそうでもない。
むしろ知的拒食症とでも言うべき状況にある。
いや、前回の主張を繰り返すなら、食べたくない人に無理やりあれこれ食べさそうとして、
雰囲気がぶち壊しになった食卓で、みんなが食欲を喪失しているという光景が浮かぶ。

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子供たちが高校で使っていた「国語便覧」はとても内容が豊富で楽しめる読み物だ。
見るたびに己の無知を思い知らされている。

人類が文字を生み出してから、とてもとても長い年月が経っているけれども、大衆レベルで文字が使われ始めたのは200年も前のことではない。
日本では江戸時代に八犬伝みたいな挿絵入り大衆小説がベストセラーになったり、文字の普及では世界の先端にある。
しかし、和歌や漢文を理解し、自分の考えを明確な文章に出来る人となると、数少なかったはずだ。
いま若者の約半数が大学に進学するようになっている。
そこで国語力の試験をしたら「大学生の学力低下」という結論が出るに決まっている。
すべての大学で低下しているので問題はそう単純ではないのだが、僕が言いたいことは「日本語は難しすぎるのじゃないか」ということだ。

例えば「すすめる」を漢字変換すると「進める、薦める、勧める、奨める」と出てくるが、明確に意味の異なるものと、意味が重なっているもの、ほとんど同じものがあって、混乱させられる。
漢字の異なるこれらの言葉を中国語で発音したら同音ではないだろう。(こういう同音異義は英語の学習でも混乱の元になっていると想像される。)
ことわざ、教訓、四字熟語なども、直接に理解できるものより故事来歴に通じていないと理解できないものが多い。
だから「情けは人のためならず」の本来の意味を理解していないことを嘆いたり叱ったりできる。
いくらでも無知を指摘して、いじめ続けられるのだ。
日本語だけに「そんなことも知らんのか」なんて言われたりもする。
赤鉛筆で細々と修正するのが親切だと思ってる人がいる。
でもね、難しすぎる。
どんなに漢字が間違っていても、なんとか自分の考えが伝わるような文章を書けていれば良しとするとか、寛大な心で読み取りたい。
学生のレポートを見ながらの感想でもある。
そうでも思わなければ読めたものではない。

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自転車に乗りながらケータイメールに夢中な若者
(ケータイしながら自転車に乗っている、というべきか)
なんとも寂しい光景である。
ケータイメールは手紙と違ってどこにいても送受信できるのだから、
知らせがないことが即、無視されていることになる。
ひとりさみしい山野にあって、あの人はどうしているのかと気遣うときの
期待を込めた寂しさ。
どうしても連絡が取れないという、もどかしさの中にある可能性。
そんな余韻やふくらみもなく、いま無いものは、無いという即時の決定。
これを回避するために、どんな難しい状況でも送信しなければならない。

1日に数度も開かれないパソコンのメールでも、この種の強迫感は強い。

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強い雨が降るたびに、川の堰に生じた渦の中で、流れてきたボールやプラスチック容器が永遠運動を続けている。
渓流に浮かぶ落ち葉も、同様の反復運動を見せることがある。

その現象を見ていると、催眠術にかかりそうだ。
不思議さにひかれると同時に、この反復から解き放って流し去らせてやりたくなる。

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「美術大学出身の漫画家はいない。また、音楽大学を出たロックミュージシャンもいない。」
僕の乏しい知識の範囲で、そう思った。
事実は「いない」のではなく「とても少ない」のだ。
絵画とマンガ、クラシックとロック、ともに絵と音楽であるが、それを成り立たせている要素が表面上は似ていても根本的に違っている。それを言葉で説明しようとすると難儀するけど、そんなことは誰にでも感じられることだろう。無理に言葉にすることで抽象的なものにしてしまって、せっかく「感じていたこと」が「わからないこと」になってしまったりする。
という理屈は実は逃げ。
例えば、「ロックは音楽というよりも、むしろ詩に近い。」と言葉にできないこともない。でも、こう言うとそうでもない部分がこぼれおちてしまって、そちらをすくうと、こちらがこぼれる。
そもそもロックってポップとどう違う?
そこにブルースは含まれるのか、とか一つ一つの言葉から定義しなくてはならなくなる。
これじゃ哲学だ。
こういう議論でマンガやロックが語られたら終わりだろう。
だから「学校」という制度で教えられない(或いは、教えてほしくない。「マンガ学科」を置く大学もあるけど)
高校生は学校の帰りに、エレキを肩にかけてマンガを読む。
耳にはヘッドフォンだ。
漫画家やロッカーを、画家や小説家のように先生と呼んで尊敬してほしくない。
芸術になって持ち上げられては自殺行為になる。
しかし、巨大な産業になったマンガとロックの周辺では億単位の金が動き、何十万人もの人々にメッセージが送られる。

すでにかつて芸術と呼ばれていた分野との勝負はついている。
学生のニーズに応えようと言うなら(金儲けを考えるなら)大学でロックを教えればいい。
でも「学生」が「ハイ!先生」と従順に師の教えに従うなんてぞっとするな。

こう考えてくると僕が大学に入学したときに「芸術は大学で教わるものじゃないから、すぐにやめなさい」といった学長の挨拶がようやく理解できたように感じる。
真剣に耳を傾けるまじめな学生の態度を前にして、「そんなもんじゃないんだよ」と言いたくなったのだ。
学ぶことは失うことでもある。
修業や洗練以前の、もっと衝動みたいなもの・・・・・・

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久々に小説を読む。
休日の午後、奥の和室で寝転がったら出窓に何冊かの本が転がっていた。
全部が保坂和志の著作。
最初の段落に目を通したところでこれは読めるなと感じた。
淡々とした語りの中で進行する、ゆったりじっくりとした思考。
たとえば絵について、さりげなく規則性と運動で語る。
核心を知っている。
日常生活が舞台になっていて、いまを見ている。
クールでスマート。
著者の顔は村上春樹に少し似ていて、つまりマメ顔、これが「近頃の小説家」の顔なのか。

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アストラムラインが大変な赤字だという。
新しい社長の会見で改善策として、JRとの交差位置に乗換駅をつくるという案が出されていた。
最初にアストラムの計画案が出されたとき、どうしてここに駅を作らないのかと疑問に思っていた。
もうひとつ、Aシティの中心を避けてはるかに下に路線が決められたことも納得できなかった。
子供でもわかることだ。
利用者のことを考えていない。造るだけ。誰が決定したのだ。責任はどうする。
今ごろになって、税金で赤字を補填しながら・・・と怒る。
こういうことばかりが日本中で起こっているので、最近はほとんどニュース番組を見ない。

内側にいると見えなくなるのだろうか。
だとしたら怖いことだ。俺が今やっていることにも、そんな愚かしいことがたくさんあるのかもしれない。

組織から距離を置く。流行から離れる。
京都では古今和歌集の入門書を買った。
俺は少し変わったことをしているつもりだが、これが隠れたブームになっているかもしれないな。

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狭い猪熊通りを北上し、二条城を過ぎると染織の街、西陣となる。
いつも市内の移動は自転車だ。鞍馬や大原以外なら1時間以内で着ける。
畳屋の店先にギターやサーフィンボードを畳で覆ったものが飾られていた。
こういうものに出会えるのも自転車の楽しみだ。
さらに北へ進むと大徳寺。
龍源院、瑞峯院と枯山水を見比べていく。梅雨時の平日ということもあって閑散としている。
どこの庭も、琴の音や解説の録音テープを流していないことも嬉しい。
静かにじっくりと鑑賞できたので、美術館で空間展示を見るような気分だった。
荒粒の砂が特徴の龍源院、キリシタン大名にちなんで十字形に配置された石組みの瑞峯院の北庭。
これらは昭和の作、東福寺方丈と同じ作者によるもの。
それまでは荒れるにまかせていたらしいから、いま我々が古来からのものと思い込んでいる「日本美」が再生された背景には複雑なものがありそうだ。
高桐院はもう見ないでもいいかと思いながら少し覗いたら、あまりにもアプローチが素敵なので引き込まれてしまった。自然庭園風、紅葉の頃は大混雑するだろう。

今回の旅行には大阪行きの高速バスを使った。早くて静かで安い。お勧めです。

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東福寺には瓦葺の屋根がついた橋がある。
臥雲橋、通天橋と呼ばれ、紅葉の名所として名高い。
今回、方丈の奥にもうひとつこのような橋があることを知った。
その橋の向こうには大胆な意匠で知られた庭園があるが、拝観できなかった。
何度訪ねても新しい発見がある、その奥深さが京都の魅力だ。
千年間、人が住んでいる。歴史の厚みというものだろう。

ご存知のように京都は碁盤の目状に道路が走り、縦横の道路名の交点として住所を表示する。
街角には、このような琺瑯製の表示板がまだ残っていて、裏通りを歩いていても自分の位置が特定できる。
俺の本籍は「下魚の棚通り猪熊東入る」となっている。戦国時代に描かれた洛中洛外図にも実家の辺りも描かれているが、この猪熊という通りは平安時代に造られたものだ。
しかし、この10年で個人住宅の建て替えが進んだ。ある通りに立って左を見る
そして右を見る
。京都がすべてこのようになる日は近い。
だから京都を見たい人は神社仏閣は後回しにしてまず町並みを見て歩くべきだ。

俺の原風景のひとつは、このような高架橋だ。東海道線と大宮通が三重に交差している。
この高架の周辺は石畳で舗装されていて、裸電球の明かりが映る夜の光景は何故か物悲しいものだ。
親に背負われてうつらうつらしながら映画館から帰ったときなど、目にしたような気がする。
蒸気機関車の汽笛や暖房用のスチームの湯気の他には物音もない、駅裏の保線区で遊んだ昔は跡形も無く
ビルの集積になってしまった。

話はそれてしまったが、庭園めぐりの第2ラウンドは猪熊通りをまっすぐ北上して大徳寺を目指した。
続く。
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梅雨になると苔が美しくなる。
そして苔というと日本庭園→京都である。
京都駅前の大型書店でガイドブックを立ち読みして、東福寺と大徳寺をマークする。
いずれもこれまでに何十回と訪れているところなのに、庭園は一つしか見ていない。
大きな寺院には塔中(たっちゅう)と呼ばれる小寺院が寄り集まっていて、それぞれが庭を持っている。
その全てが公開されてはいないが、3,4箇所は見ることができる。
それを見てやろうというわけだ。
さて、朝一番で訪れた芬陀院(フンダイン)の雪舟庭園。期待を込めて縁側に座ったのだが何にも感じない。
側面の小庭へ移ってみても響くものがない。
所在無く茶室に入り、丸窓の障子を開けて驚いた。
なるほどこうして見るものなのか。
戻って先ほどの庭も室内から眺めてみる
よい!全然違って見えてくる。

このノリで本山東福寺の方丈を訪ねる。
こちらはのっけから奇岩が迫り、背後にそびえる大伽藍を借景にスペクタクルな光景に押される。
北庭は通天橋の緑に向かって市松が拡散するという大胆な意匠。
60年前の作だから庭にすると新作といえようか。
それにしても、ほとんどコンテンポラリー・アート。自然素材を自在に配置して、観念や思考を形象化する。
欧米のランド・アートの作家達にかなりの影響を与えているだろう。
拝観客はただ一人。掃除のオバサンが汗だくになって床を磨いている。寒山拾得の化身か。
苔の具合を尋ねると、カラスが悪さをして困っているという。いろんな労力を使って新鮮さを保っているのだ。

続く
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久々にモノクローム写真で遊んでいる。
九州へのバイク旅行のとき、何気なく撮ったものだけど、あのときに目にした光景よりも、この写真の中には重いものが存在しているような気がしてくる。

WEBを使い、ディスプレイ画面で写真の魅力について語る。これには抵抗を感じるが、そんなことにこだわると印刷でも写真の密度は味わえない。
複製芸術の代表である写真でも本物でないと伝わらないものがある。
じっと写真を見つめながら考えた。
伝達のコストや速度が改善されると、密度や質感が犠牲になる。
道具だけでなく、風景や生活のあらゆる面で、密度や質感が失われていく。
便利というのはそういうことだ。授業で使うスライドをパソコン投影に代えてすごく便利になったけど、画像は耐えられないほどひどい。どうせ偽物なんだと自分に言い聞かせて。

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通勤途中の川で小学生が網を持って遊んでいる。赤い帽子が鮮かだ。写真を撮りたいと思う気持ちと、こんな写真を撮るなんて(バカらしい)という気持ちが交錯する。
先日、中退した元学生が幼児を連れて大学に現れた。ミルクの匂いがする幼子だ。
その子を抱いて散歩した。雑草を触らせながら語りかけると、もぐもぐと返答している。
しびれた。とてもいい気分だった。
着々と老人らしくなってきている。
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大学の壁にこういうシミを見つけた。
亀裂から赤い色が染み出ており、白い塗料が剥落したところが暗くなっている。
とてもカッコいいと感じる。何故だろう?50年代アメリカの抽象表現主義絵画に洗脳されているのか。レオナルドも壁のシミについて書き残しているから普遍的な「何か」があるのだろうか。


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先日映画の「ブラックレイン」を見ていたら、やくざの親分が出てきて「おんどりゃー、何いうとるんじゃ!」と凄んでいるシーンの字幕が「What did you say?」となっていて、腰が抜けた。
こんなことでいいのだろうか?
映画ならフィーリングは伝わるけど、小説だったら絶望的だ。
翻訳って難しいことなんだな。

ということで意識してみると身の回りには、理解への意欲の感じられない、安物の翻訳ソフトの出力みたいなものがいっぱいだ
先日も10年程前に開かれた、著名な女流造形作家の展覧会カタログを読んでいたら、「与えられた空の形状として、展覧会会場の空間に勘で感応する。」という一節にひっかかった。
「なんじゃ、こりゃあ?」
繰り返し読むほどに意味がわからなくなる。日本語とは思えない。
併記されていた英文に目をやると、「I sense the space of exhibition halls as avoid with a given shape.」とあり、VOIDという単語以外は中学程度の用語である。
これを何度か音読していると、なんとなく言わんとしていることが浮かんでくる。

自分の作品展が開かれる美術館を訪れた作家が、「こんな形をした空間を使って展示をするのだな」と感受性を研ぎ澄ましている状態かな。
だから直訳するとしても「私は展示スペースを、(画家にとっての白いキャンバスのように)ある形をした空白として感じる。」ぐらいにすべきではなかろうか。
多分、SPACEとVOIDとでは日本語に訳しにくい違いがあるのでスッキリしないのだろう。
こんなことをいうと「ろくに英語も知らんもんが生意気な」と反撃されるのだが、「わからない」ということはほとんどが専門家に任せておいたために生じた狂いなのだから、素人は素人なりに考え、発言すべきだと思う。


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大型のリサイクルショップを覗いてみた。
平日の午前だというのに、かなりの人出。どうでもいい物ばかりで、値段のつけ方は大型の古本店と同じように無茶苦茶。
その中からウッドのラケット(新品)を見つける。店員との値切り交渉で2800円から400円安くさせる。これが店主相手だったら「こんなもん、実用性はないし、飾りにしかならへんで」と説得して半額にさせるところなのだが。
東寺の弘法さんという市で鍛えたテクニックだ。

実際これで打ち合うことは出来ないと思ったが、姿かたちが美しいので絵のモチーフにはなる。また同時に15年以上も前に京都の古いテニスショップで聞かされた話を思い出してもいた。
すでにほとんどのラケットが樹脂製に変わっていたときに、その店にはズラリとウッドが並べられていた。
「近頃のプレーヤーはフォームがなっとらん。あれやからテニス肘とかで怪我ばかりする。本当のフォームはウッドでないと身につかん。」とオヤジは主張する。年配の馴染みの客も加わってウッド礼賛で盛り上がっていた。
京都でも特に古い店が集まっている寺町三条あたりのことで、その店も今は無い。

このラケットでプレーすればフォームが改良できるような気がして、以前から飾りにしていたウッドのラケットを壁からはずし、2本のウッドで女房と打ち合ってみた。
予想に反して打てる。勢いというか強いベクトルをもった球が飛ぶ。
打つ直前まで球を凝視していないとスィートスポットにあたらないし、重いので踏み込んで打たないと飛ばない。
そういった本来やらなければならないことを思い知らされる。これは優秀な「教師」と言ってもいい。
毎年出される新製品、加えられる改良。その中で見失ってしまったもの・・
これまた教訓めいた話になりそうだ。
ともかく、時々は爽快なショットが放てる。
その快感に酔って打ち合っていたら女房の手の皮が破れてしまった。
さすがに重い。

ラケットも、この20年間のカメラの変化に似ている。やさしくなった。簡単になった。でも良くなったのかどうか?
手にしているだけで安らぐ感じ、質感は消えたな。